ピアニスト
原題:La Pianiste
2001/フランス/132分
監督:ミヒャエル・ハネケ
受賞歴:カンヌ映画祭グランプリ・最優秀主演女優賞・最優秀主演男優賞
あらすじ
エリカは、国立音楽院の厳格なピアノ教授。学生ワルターは彼女に恋して授業を受けるが……。(映画.comより)
夏りょうこからのメッセージ
若い男のさわやかな笑顔が、これほど憎らしかったことがあるだろうか。ああ、いっそ死んでしまいたい。主人公でなくてもそう思ってしまうだろう。
シューベルトが結びつけた2人。彼女の音楽の才能に引き寄せられた彼は一直線に愛を告げるが、彼女にとって問題だったのは年の差ではなく、歪な形にこじらせている性への葛藤だった。
母親からの過干渉と監視と命令と禁欲の支配下で生きてきた彼女のことを、欲求不満のイタイ処女だと誰が笑えるだろう。彼女はとまどい、抗い、身を任せ、ついには愛憎を持てあます。それにしても、長い間抑圧されてきた女の嫉妬のぶつけ方は、こうも陰湿で的確なのかと感心する。
ところで彼女が手紙で自分のことを告白するシーンがあるのだが、日本ならそこで観客が一斉に凍りつくのに、フランスではなんとクスクス笑いが起きたらしい。フランス人恐るべし!
彼女は一体どうすればよかったのか。パンドラの箱はもう開かれてしまった。
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ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲
原題:Feher Isten
監督:コーネル・ムンドルッツォ
出演:ジョーフィア・プソッタ
受賞歴:カンヌ国際映画祭でグランプリ・パルムドッグ賞。
あらすじ
3歳の少女リリは、可愛がっていた愛犬ハーゲンを父親に捨てられてしまい、必死でハーゲンを探す。一方、安住の地を求めて街中をさまよっていたハーゲンは、やがて人間に虐げられてきた保護施設の犬たちを従え、人間たちに反乱を起こす。(映画.comより)
夏りょうこからのメッセージ
犬たちの声が聞こえた。本当だよ。
舞台は、雑種犬だけに重税が課されるようになった街ブタペスト。最初はかわいい少女と犬の心温まるストーリーかと思いきや、途中から予想もつかない怒涛の展開となり、落としどころがどうなるのかとハラハラし通し。
ただでさえ珍しい東欧映画の中でも、これは異色のドラマだと言ってもいい。
とにかく犬たちの自然な演技?に目が釘付けである。自分を捨てた主人を信じて待っている時。うなだれて街を歩き回り、やっと出会った人間に虐げられた時…その哀しみ。無念。
だから、
いいよ。やっちまえ!人間どもを噛み殺せ!
彼らの抑圧された怒りが大きな塊となって一気に爆発する終盤は、一種のカタルシスだ。
ちなみにCGは一切なし。なので、人間たちが犬軍団に踏みつけられ、追いかけられ、恐怖におののく緊張感と迫力たるや、ああ久々に映画を見たという気分にさせられて気持ちがよい。
楽団でトランペットを吹いている少女が愛犬のそばでよく練習していたのが、リストの「ハンガリー狂詩曲第2番」。映画の中で繰り返し流れるこの曲が、物語の重要なカギとなる。
暴徒と化して疾走する犬と狂詩曲の切ないメロディが交差し、街は夜明けを迎える。
権力に抑圧された者たちの救いはどこにあるのか。静謐なラストシーンには身じろぎもできない。
ウェルカム・ドールハウス
原題:Welcome to the Dollhouse
1995/アメリカ/88分
監督:トッド・ソロンズ
出演:ヘザー・マタラッツォ エリック・メビウス
受賞歴:サンダンス映画祭グランプリ
あらすじ
ニュージャージー州の郊外に住むドーンは7年生。分厚い眼鏡をかけているし、成績もイマイチ。学校ではチアリーダー達にいじめられ、先生たちもドーンに辛くあたり、家に帰れば妹ばかりえこひいきされるという毎日を送っていた。(Wikipediaより)
夏りょうこからのメッセージ
ダサくてブサイクというだけで、イジメのターゲットになってしまう理不尽さ。残酷さ。しかしこの主人公はその環境にじっと耐えつつ、家に帰ればウザい妹に「ブス!」と苛立ちをぶつけるのである。
弱者の世界にも存在するヒエラルキー。ああ、でもそれが独特のユーモアによって描かれ、キレイごとでないリアルさがクセになる。
鬱々としていた彼女は、ある日年上のチャラいバンド男に一目惚れ。だって年頃なんだもん。そして、行き止まりの恋とは気づかずに大胆なアプローチをかけるあたりが、イタイねえ。おバカだねえ。
でもあの頃はみんなそんなもの。意外と外見コンプレックスもなさそうで、ズレた一途さに胸キュンだ。
妹が大事にしている人形の首をギコギコ切るシーンに、うん、気持ちがわかる。モヤモヤに出口なし。くすんだ絶望感が笑いが誘う思春期映画の傑作。
オルランド
原題:Orlando
1992/イギリス・ロシア・イタリア・フランス・オランダ/94分
監督:サリー・ポッター
あらすじ
青年たちが女性的な装いを好んだ16世紀末エリザベス一世の治下、晩餐の宴で青年貴族オルランドは女王に詩を捧げた。すると女王はオルランドの若さを愛し、「決して老いてはならぬ」という条件つきで屋敷を与えた。(映画.comより)
夏りょうこからのメッセージ
裏切られた男。抑圧される女。どちらも私。愛と生きがいを求めて自由に生きようとする者にとって、性別は邪魔になる。
バージニア・ウルフ原作のこの映画は、主人公が性別と時空を超えてアイデンティティを見つめ続けた美しい寓話だ。皮肉交じりにジェンダーを描いているだけに、映画では去勢されたカストラートのソプラノ声が響き渡り、老いた男優が女王を演じ、中年男性が天使に空を飛んでいて頭がクラクラ。
一方、ファッションや生活スタイルが走馬灯のごとく移り変わっていくのを見るのも楽しい。
何よりも、ティルダ・スウィントンの中性的な魅力をこれほどまでに引き出した作品は他にないだろう。陶器のようにのっぺりとした肌。クールな思慮深さをたたえた瞳。性別どころか人間さえも超えている役なのに違和感がなく、実はAI搭載のアンドロイドだと言われても納得してしまいそうだ。
ストックホルムでワルツを
原題:Monica Z
2014/スウェーデン/111分
監督:ペール・フライ
出演:エッダ・マグナソン スベリル・グドナソン シェル・ベリィクビスト
あらすじ
スウェーデンの小さな田舎町で、両親や5歳の娘と暮らすシングルマザーのモニカ。電話交換手の仕事をしながらジャズクラブで歌手活動も行なう彼女は、厳格な父親から「母親失格」の烙印を押されながらも、歌手としての成功を夢見て励んでいた。(映画.comより)
夏りょうこからのメッセージ
芝居のセリフだって、その土地の言葉でしゃべると感情が伝わるものだ。これは「自分にしか歌えない歌」を模索し続けたスウェーデン人女性歌手の実話である。
時は1950年代。彼女はシングルマザー。歌手としての成功だけでなく育児と仕事の両立にも悩みながら、それでも道を切り拓こうともがく女性は珍しかったはずだ。一体どんな情熱が彼女を突き動かしているのだろう。
彼女が思いついたアイデアは、母国語であるスウェーデン語でジャズを歌うことだった。
そんな風に、既成概念を大胆に打ち破ろうとするところは冒険家のようだが、彼女にはもはや迷ったり怖気づいたりしているヒマなどなかったのかもしれない。
どんな人でも全てを手に入れることはできない。でも、彼女が自分勝手でワガママな母親になるのか、それとも夢を追い続ける素敵な母親になるのか、それはやり方次第。現代にも通じる女性ならではの葛藤に共感し、物語を彩るスタンダードジャズにワクワクする。
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敬愛なるベートーヴェン
原題:Copying Beethoven
2006/イギリス・ドイツ・ハンガリー/104分
出演:エド・ハリス
あらすじ
1824年のウィーン。“第九”の初演を4日後に控えたベートーヴェンのもとに、若い女性のコピスト(写譜師:作曲家が書いた楽譜を清書する職業)、アンナがやってくる。期待に反して女性がやってきたことに怒るベートーヴェンだったが、彼女の中に才能を見出し、次第にかけがえのない存在になっていく……。(映画.comより)
夏りょうこからのメッセージ
身だしなみを気にせず、汚い恰好をして言動ががさつ。反権威的。マイペース。でもロマンティストで繊細。そして偏屈で孤独。
楽聖ベートーヴェンを描いた映画は多々あれど、ひょっとしてこれが最もイメージに近いベートーヴェン像かもしれない。
交響曲『第九』の初演が近いのに、あの有名な合唱パートがなかなかできなくてイライラしているベートーヴェン。そこへ、女性コピストがやって来る。
作曲家が情熱を叩きつけるようにして書いた楽譜は、走り書きで読みづらい。そこで彼女のようなコピストが必要となるのだが、もちろんそれをただ清書すればよいというものではなく、優秀なコピストには音楽の知識や理解が必要だ。
特に彼女は、ベートーヴェンの音楽をよく理解していた。
おや?女だけど、なかなか話がわかるじゃないか!と少しずつ心を開き、弱みを見せ、助けを求めるようになっていく不器用なベートーヴェンが、ちょっと可愛かったりして。
見どころのある若い女性に弱いのは、オジサンの宿命。知的な美人だしねえ。全くしょうがないわねえ。ちなみに彼女は架空の人物だが、3人のモデルが実在するとのこと。
芸術の前には、性別も年齢も関係ない。そのことを改めて思い知らされる師弟愛。エド・ハリスの変貌ぶりにも注目したい。
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ショーシャンクの空に
原題:The Shawshank Redemption
1994/アメリカ/143分
監督:フランク・ダラボン
受賞歴:アカデミー賞作品賞・主演男優賞ノミネート
あらすじ
1947年、若くして銀行副頭取を務める優秀な銀行員アンディは、妻とその愛人を射殺した罪に問われる。無実を訴えるも終身刑の判決が下り、劣悪なショーシャンク刑務所への服役が決まる。(Wikipediaより)
夏りょうこからのメッセージ
こんなにスカッとするラストシーンは、そうそうない。
冤罪によって投獄された男が、腐敗した刑務所の中でも希望を捨てず生き抜いていく。そんな感動ドラマが、まさか「シャイニング」などで世界的に有名なホラー作家スティーヴン・キングの原作によるものだとは思わなかった。過酷な状況下でも強い意志を持ち続け、長い時間をかけて道を拓いていく主人公の姿が、ストレートに突き刺さる。
もう1つ痛感したのは、「芸は身を助ける」ということ。
有能な銀行員だった主人公は、刑務官の遺産相続問題を知り、その解決策を提案する代わりに作業後のビールを手に入れるという交渉上手。それからは、あくどい税務処理をさせられる一方で図書係となり、倉庫みたいになっていた図書室を娯楽と教養にあふれた場所に変えていく。
ある日州議会から送られてきた古本の中に、1枚のレコードが混じっていた。
彼はそれを勝手に放送する。囚人たちは、突然流れてきたその音楽を聴きながら、ポカンとした顔をして空を見上げている。流れていたのは「フィガロの結婚」。ここで天に昇るようなモーツァルトのオペラを使うとは、ニクイ演出だね。
のちにレコードをかけた理由を尋ねられ、彼はこう答える。
「音楽と希望は、刑務所が奪えないものだ」。
音楽を美しいと思える心を失わないことは、希望を忘れないことにも通じる。主人公の強さのヒミツを垣間見たような気がした。
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